近頃めっきり暖かくなった。
冬と同じくらいの運動量をほぼ毎日こなせばわかる事だ。
水がすぐに恋しくなるし、あの寒い日の様に、出た汗がすぐにひいてくれない。
吹き付ける風もあの肌を刺す様な冷たさはなく、暖かく包み込む様な風なのだ。
こうやって冬がおわるんだな。
と、リョータは季節の移り変わりをこんな練習時間に感じたのだった。
自分がキャプテンを務める様になって、半年が過ぎた。
この年月をキャプテンとして過ごして、
ようやくリョータは赤木の苦労を理解できてきたかもしれない、と思い始めていた。
時々本当に頭を抱えてしまうくらい悩むことはあるが、
まとめる者というのはその重い責任とひきかえに味わえるすばらしさもある。
相変わらず周りにいる仲間達は騒がしかったが、
仲を結ぶ信頼は、日々の練習でどんどんと厚くなっていった。
その信頼という名の一本の線が、
まるで目に見える様にはっきりと感じられたときの喜びは、
言葉では言い尽くせない程のものだった。
そんなときにリョータは、
バスケットが、体育館にいるこの仲間達が大好きだと、再確認するのだった。
「よーしちょっと休憩」
自分のかけた声で、何人かが水飲み場へ走っていく。
花道もその一人で、リョータが向かった頃には、
大げさな程に水しぶきをとばしながら顔を洗っていた。
「あーもう、てめぇはんなに水とばさなきゃ顔洗えねぇのかっ」
リョータがうんざりした声でそう怒鳴ると、花道はずぶぬれの顔で起き上がった。
「こっちの方がきれいになる気しねぇ?」
「するか馬鹿つ」
そうつっこんだにもかかわらず、
水浴びをする野生動物の様に豪快に洗顔をする後輩を見下ろして、
リョータはため息をついた。
とりあえず自分も、蛇口から出てくる水で汗を洗い流す。
例えば掃除当番の時、雑巾を濡らす為に流す水はそれは冷たく鋭く感じるのに、
どうして運動中の水道水はこんなにも心地よく優しく感じるんだろう。
まるで掃除の時の水は敵で、練習中に触れる水は味方のようだ。
絶えず流れて出る奔流を皮膚に感じていると、
まるで流れの激しい川を泳いでいるかの様な気分になる。
このくらいでいいか、と顔をあげると、既に隣に花道の姿はなかった。
ぶるぶる顔を犬の様に左右にふってから、あ、と思い出した。
タオルを体育館に忘れた。花道でさえちゃんと持ってきていたのに。
誰かに借りようにも、自分の顔面を思い切りふくものなのだから
ちょっと抵抗を感じてしまう。
どうしようかそこへ立ち尽くしている最中にも、
自分の顔から滴る水滴が、白いシャツに丸い模様をつけていく。
それを見て、どうせ同じ事だと、Tシャツでふこうと裾を両手で持ち上げると、
「リョータ」
と声をかけられた。この声は…とか思いながら、後ろをふりむく。
「うわっ」
すぐ目の前に白いタオルがあって、驚いたリョータは数センチ後ずさりした。
「何びっくりしてんのよ。タオルないんでしょ?」
それを手にとると、タオルの向こうにあった彩子のあきれた顔が目に入った。
「…あぁ…いやいいよ!タオルかりるなんて悪いし!」
「マネージャーに遠慮なんかいらないわよー。まさかあんたそのままでいるつもり?」
「いや…蒸発するかなーと思って」
言い訳する様に言うと、彩子は声をあげて笑った。
「いいから使いなさいよ。返すのはあとでいいからね」
そういい残して、彩子は体育館へ入っていってしまった。
後に残ったのは、真っ白なタオルを握り締めた自分と、水浸しの水道場だけ。
「…んじゃ、使わせてもらうかぁ」
嬉しさと照れくささが入り混じった様な声で、
たたんであるふかふかなタオルを開いたリョータは、少しだけ目を丸くした。
そこにはあまりにも自然に、薄桃色の桜の花びらがはさまっていたのだった。
彩子は自分を幸せにする天才だと思う。 |