いつのまにか眠ってしまったようだ。
流川は目をこすりながら壁際から立ち上がった。

だらだらとゆっくりとした動きでロッカーをあけ、
Tシャツを脱ぎ中からワイシャツを取り出す。
最後の最後まで居残り練習をして鍵を返すのは、いつも流川だけだ。
流川なんて居残りする必要ねーよなぁ。
誰かがすれ違った際にそう言っていたのをいつか聞いた時があるが、
そんなことはありえないと流川は思う。
どんなに技術がある人間でも、少しでも隙を見せたり油断したりすると、
すぐにそこが穴となりつけこまれてしまう。
自分はそうはなりたくない。それだけだ。
自分にはバスケで精進する以外、する必要のある事は他にないから。
バスケ馬鹿で結構だと思う。

外は漆黒の布をはりつけたかの様な闇の世界だった。
時折車のライトか何かが、白い光となって小さく窓を横切る。
時計を見ると短針は9時を指そうとしていて、校内に人気がないのも当たり前だと思った。

自分が合宿からここに戻ってきて、日々の練習は淡々と過ぎていった。
それは意味もなく毎日を過ごしてきたという意味ではなく、
次第に皆が、新しい部活の形態に慣れてきたという事を意味した。
赤木の怒号はなくなってしまったけれど、
リョータのキャプテンぶりもかなり板についてきた様に見えた。
また前とは違った部活のまとまり方で、それはそれで良いと思う。
今とても順調だと、流川は思っている。

ドラムバックに着替え終わったTシャツとハーフパンツを入れて、
最後に濡らしたタオルで自分の顔を押し付ける様に拭く。
そのタオルもバッグに入れて、チャックを閉めた。
部室の電気を消し、ドアを開け外に出ると、
廊下の電気は全て消され、遠くで非常口の緑色の電灯が暗闇の中で不気味に光っていた。
この世に一人ぼっちなんじゃないかと思わず思ってしまうくらい、そこは寂しい空間だった。
だがそんな事は大して気にもせず、流川はがちゃがちゃと部室の鍵をかける。
この部室の鍵は、今年に入ってからの作り直しが異例な回数だと聞く。
それを笑いながら話した2年生の話がなんとなく耳に入ってきた流川は、
続きをぼんやりと聞いていたのだが、何でも原因は桜木花道らしい。
「まいったよな〜あん時は。さすが桜木らしいっていうか」
「キャプテンが入部断ったりしてな。面白かったよな」
「んで何回も作り直し頼んじゃったから、先生達かなり怒っちゃってさ」
「確かあの鍵壊したら、もうバスケ部鍵なしになっちゃうんだよ」
「じゃー今度花道戻ってきたらキツくいっとかなきゃな!」

楽しそうにそんな事を話していた先輩達を思い出して、
流川はそれに合わせて思い出した桜木の顔が、あまりに懐かしくてびっくりした。
そういえば、桜木を見ないでもうすぐ1ヶ月がたつ。
周りの部員はいくつかのグループに分かれてお見舞いに行ったりしているらしいが、
自分が誘われたことはないし、行こうと思い立ったこともなかった。
だから、桜木の今の様子は、いつも誰かが誰かに話してるのが耳に入る程度だ。
前は、毎日の様に言いあい殴りあいの喧嘩をしていて、
お互いの距離が、とても近かったというのに。

部活に桜木の姿を見ないでもうずっとたつのに、
その存在感が部活から消える事はない。
いつも誰かしら話題に出すのだ。
そうして皆で笑って、またお見舞いに行こうと話す。
桜木は、そういうやつだ。
湘北高校のバスケット部にとって、色んな意味でもの凄い存在感を持った男だ。
皆、桜木だけは忘れていない。
いつかまたヤツが戻ってきた時のために、既に場所を1つ用意しているかの様に。

 

流川は職員室に鍵を返してから、靴を履いて外に出た。
そうしながらそれらの事を考えて、
自分だって、全然桜木を忘れていないことに気がついた。
いつでもあの顔と声を思い出せる。罵声も、笑い声も。
自分の記憶の底に染み付いてちっとも消えようとしない事に、今気がついた。
そうしてそれらが記憶の中だけでの存在である事に、
ほんのわずかな物足りなさを、自分が感じているという事にも。

 

 

町は海の底みたいな空気の中でしんと息づいていた。
流川は真っ暗な夜空を見上げ、あぁ俺寂しいのかも、とぽつりと思った。

 


 

BACK