目を開けたそこには、一筋の光も無かった。 腰掛けている所に触れてみて、自分は何かに座っているんだと気がつく。 何故自分はここに居るんだとかどうやってここに来たんだとか、
そういうまどろっこしい疑問は思い浮かばず、 ここは一体どこなのか。 それだけが気になった。 とりあえずその暗い地に足を踏み出す。 感触は少し柔らかいものだった。ただの土かもしれない。 1歩2歩、3歩…と踏み出していく内に、先に何かがある事に気付く。 大分目が慣れてきた花道の目に映ったものは、
自分の背丈以上はある、暗闇の穴だった。 目の前に聳え立つ様に、大口を空けながらこちらを睨んでいる。 近所の寺にある鐘の様な形をしている。とにかく先は見えない。 なんなんだろうこれは。 先を目を細めて見ようとしてみるが、
結局暗闇の中には暗闇が続いているだけだった。 ふとその時、その穴の周りに壁がある事に気がつく。 壁にその穴が開いている、と言った方が正しかった。 暗がりの中、手を伸ばし手探りでその壁に触れてみる。 ゴツゴツとした表面で、
レンガか何かで出来てるのだろうか、壁には分かれ目がついていた。 なるほど、確かに穴だけがあるのはおかしい。 壁にそれがあいている、となると理屈も通るものだ。 触れた指先の感覚だけを頼りにして数秒が過ぎた頃、
少し下にずらした指に何かがあたった。 スイッチだった。 ON、OFFのへこみが触れてみると分かる。今はOFFの状態なのだろうか。 花道は何の迷いも無くそのスイッチを押した。 何のスイッチかは大体想像がついたのだ。 光が一つづつ、確実に向こうへ向こうへ伝わって行く様に、光を送る様に、 そのトンネルに電灯は点いていった。 地面は薄汚れた灰色のコンクリート。 壁にはついたり消えたりを繰り返している電灯が2,3個目立つが、
きちんと壁の1面づつに白い電灯が光っている。 先へ先へ続いている。終わりなんて知らないかの様に見えた。 しかし。 「…?」 花道は眉をひそめた。 何かが、聞こえるのだ。 この灰色のトンネルのずっと先から、
それはそれはかすかで小さいものだが、確かに聞こえる。 耳に確かに入ってくるその音は、いつかの日に聞いた事がある様な気がした。 遠い日の記憶として、いまだに耳に焼き付いていて離れる事はない。 どんどん自分の頭にその映像が思い出されていく。 音が聞こえてはひとつひとつ回想されていき、 最終的に出来上がった思い出といえば、一つしかなかった。 花道の心臓は大きく震えた。
バッシュが滑りをおさえている音。
仲間達のかけ声。
ネットが揺れる音。
ボールが、床に弾む、音。
忘れる訳も無かった。
今でも体に、耳に、目に、五感にこびりついて離れない。
自分の体の一部として、
記憶なんかよりももっともっと高い位置にある、
思い出になんかしたくなかった。
一緒にやりたい。
自分もあのコートに出たい。
ボールに触りたい。
リングに叩き付けたい。
バスケが、したい。
思うより早く、花道は走り出していた。
長く長いそのトンネルを、今自分の体にある全ての力を足に託して、走った。
ぼぅっと光る電灯が、光の筋として花道の両側を駆け抜けていく。
ペースの速い足音だけがその細長いコンクリートに響いていた。
心臓が高鳴る。
汗なんか気にならなかった。
体の調子だって、もうどうでも良かった。
バスケがしたい。
その一心だけだった。
その思いが体からあふれ出て、地面を蹴る足に力を込めた。
そこにたどり着ければ何だっていらなかった。
全く近づいた気がしない、そこにさえたどり着ければ。
目を覚ますとまず、白い天井が目に入った。
右側にも、天井と同じように白いカーテンが風にそよいで揺れている。
窓の外に目を向けると、気持ち良さそうに揺れている橙色の葉がまぶしかった。
何気なく、ベッドのシーツをつかんでいた手の平を見つめる。
それを、ぎゅっと握って拳を作った。
そして今度は、布団に隠れている自分の足の方を見つめる。
さっきまで全身の力を込めて灰色のコンクリートを蹴っていた、それ。
「夢」
か。
花道は布団をかぶった。
目の前の白い壁が目に入って、布団を顔まで持ってくる。
泣き出しそうな顔なんて、誰にも見られたくなかった。
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