|
ベッドの上で、まだ冷めない眠気にごろごろしていた時だ。
突然携帯の着信音が鳴った。
机の上でゴゴゴゴゴと奇怪に振動する、それを見上げる。
立つ事さえめんどくさくてしかたなかったけれど、
無視する程立ちたくないわけでもなかった。
けだるそうに立ち上がって、携帯電話を手にとる。
画面を見て、何だか嫌な予感がした。
非通知設定。
これからくる電話は、たいていロクなもんじゃないのだ。
イタズラ電話だとか間違い電話だとか、そういう類のものばかり。
けれど自分家からかけてくるヤツで、たまに非通知がいる。
その友達かもしれないので、無視するわけにはいかなかった。
相変わらずけたたましくなり続ける携帯電話のボタンを押す。
「もしもし」
向こうの男の声は、俺が知りもしない、中年くらいの男の様に思われた。
男は、ゆっくりと落ち着いた調子で、こう言ってきた。
「あ、すみません、僕その携帯落としたものなんですけど…」
「…は?」
俺の目が点になった。
「あの、その携帯落とした者です、僕」
言っている意味がわからない。
落としたってお前、この携帯は、俺がもう1年以上使い続けているものだぞ。
どこかで違う人の物を持ってきてしまったのだろうか。
いやそれはない。さっきまで学校のヤツとしっかりメールしてたんだから。
「いや…これ俺のなんすけど」
今度は向こうが押し黙った。
けど、多分俺は悪くない。だってこれ俺のだし。
俺が乱暴に使ったせいか、色んな傷があちこちに残っている。
一つづつ覚えている訳でもないが、
この右の角についてるものはもう大分前のもので、
確か桜木にかして、アイツコンクリに落としやがったんだ。その傷は覚えている。
つまり、これはまぎれもなく俺のものなのだ。
「いやでも…僕が落とした携帯の番号にかけてみたら、あなたが出たんですよね」
「知らないっすよそんなの。そっちが番号間違ったんじゃないすか?」
「でも、これ3度目なんですよ。3回目でようやくあなたが出たんです」
なに、3回もかけてたのか。
そういえば俺は、1分前の記憶があいまいな事に気が付いた。
つまり、寝ていたのだろう。それで、2回の着信音に気が付かなかったのだ。
「そういわれても…俺のだからどうしようもないっすよ」
「僕昨日それ新宿行きの電車に忘れたんですよね。
あなたが間違えてもってっちゃったんじゃないですか?」
俺がわりいってか。つーか俺昨日外でてねーぞ。
「俺昨日外出てないんすけど…」
「………。」
沈黙が続く。
どっちかというと、俺は短気な方だと思う。
のんびりしていた所をこんな変な電話に邪魔されて、
気分がいい訳なんてないのだ。
「あの、とにかくこれ俺のなんで。切りますよ」
「あっ待っ…!」
向こうの返事も聞かずに電話を切った。
俺の今の行動は、かなり理不尽だったと思う。
だけど、どうせ顔も知らない者同士だ。
こんな小さなつながりは、すぐに日々積もっていく記憶に消されていく。
だから、あんまり気にしなくてもいいのだ。
俺はその薄いつながりをいい事に乱暴に切ったんだから。
ふーっと息を吐きながら、ばたんとベッドに倒れこむ。
これだから非通知からはいやなんだよな。
またきたら今度からは無視しとこう。
それから、その男からの電話は、1度も来ることはなかった。
何週間か経って、俺が1人で商店街を歩いているときだ。
空がかなり暗い。
もう夕焼けのオレンジも、藍色に染色され消えかけている頃だった。
何時くらいだろ。まさか8時はまわってねぇだろうな…。
ズボンのポケットに手を入れる。
あれ?
あると思ったはずの感触がなかった。
もう一方のズボンのポケットに手をつっこむ。
ない。
肩にかけていたスポーツバックの中を、あさる。あさる。
くそ、なんでこのバックこんなポケットあんだよ。全然機能性すぐれてねぇよ。
道の真ん中だってのに、俺はそんな事気にもせずに色んな所をあさりまくった。
出てきたのは、ゴミだけだった。
おかしい。どこかに忘れた覚えなんてない。
今日は、友達の家に泊まった帰りなのだが、
友達の家を出るときには確かにあった。様な気がする。
いやでも、もしかしてアイツんちに忘れてるのかも…。
俺は曖昧な記憶が凄く不安になった。
もしかしたら、最後に携帯見たのはあいつんちでかもしれない。
あぁそう思えば思うほど、そうだった様に思ってしまう。
じゃあとりあえず電話かけてみっか。
と俺は、軽い気持ちで公衆電話を探した。
寂しそうに道の端にぽつりと立っている、その中へ入る。
ここ入ったの何ヶ月ぶりだろうと思いながら、
テレカを入れて自分の番号を手際よく押した。
プルルルル…プルルルルル…
この時間が妙にもどかしく感じた。
出るのおせーな。買い物でもいってんのかなアイツ。
それか寝てるのかも。
俺は無意識の内に、数週間前の、
眠たくて非通知からの電話をとる事が億劫だった自分を思い出していた。
ガチャ。
「もしもし」
それは、俺の知る、友達の声なんかじゃなかった。
もっと年上の、20代くらいの男の声。
やっぱアイツんちじゃなかったのか。
「あ、すみません、俺その携帯落としちゃったんすけど…」
俺はめんどくせーことになったな、と思いながら、思いついた言葉を言っていた。
しかし、向こうの男はいぶかしげにこう答えた。
「は?これ俺のなんすけど」
|